【きずき】日々揺らぐ心のバロメーターは、認知症の母によってコントロールされていた。

About the body

『ずーっとお風呂に入ってない。』『こんなの見たことない。』『家には何にもない。』『始めて食べた。』『1人で居ると怖い。『だーれも来ない。』『ご飯何食べたか覚えてない。』『どこもどうもない。』あんなにしっかり者でなんでもやっちゃう母は少しずつ壊れ始めていた

うんとおかしく感じたのは6年くらい前

たまに言葉が出てこない母に、冗談で『認知症じゃない?』っていった時、ひどく怒ったのを覚えている。

『ちょっと病院で頭診てもらう?』と言うと、馬鹿にするなと言わんばかりの目で睨まれた。あの時、騙してでも病院へ連れて行けばよかった。

『たまに、頭の中、診てもらおう』って。違う言葉を掛けてやればよかった。

5年前、父が癌を患い、手術する辺り

やはり母は普通じゃなかった。普段、実家へ行けてなかったので久々に会う母に、違和感を感じた。何かが違う。キレの良い母じゃない。

病院の書類に自分の名前を書く場面があった。が書けない。医者の説明の意味を理解していたのか不明だった。物忘れが多くなった。何度も聞き返す。

ショックの為の一時的なものかと思ったりしたが、時折見せる、目の焦点が合わない顔が不安にさせた。遠方からの父の親族への対応が出来ない。

多分、認知症の入り口はここら辺だったのかと今思いおこしている。

少しずつ認知症は加速している

水道の蛇口を締め忘れ、水は音を立てて流れてる

2人暮らしの味噌汁は、1度に10人分以上作る。

米を測ることが出来ない。が、ご飯への執着は凄く、父により準備された3合ずつ袋に入れられた米を毎日研ぎ、真夜中でも炊飯器のスイッチを入れた。

自分で探し物をして足の踏み場のない部屋作りをし、突然、泥棒が入り込み部屋を荒らしたと叫び狂う。

父にありもしない因縁をつけ詰め寄る。あちこち物が無くなったり動いているのは、あんたが連れてきた女のせいだと

その頃は父が手術し入院した事も忘れかけていた。

父が手術室に入る朝、あんなに手を取り合って涙した事もなかった事になっているのだろう。

通帳がなくなった。お金が減ってる。財布がない。金庫の鍵が無くなったと言っては、犯人を見る目で父を睨む。

誰か訪ねてきたかと尋ねると、毎日様子を見にくる姉さえも頭の中から削除されている。『誰も来ない。』を繰り返す。たまに尋ねる私は、母の記憶の中では論外。

せめて電話だけでもと、気が向いた時掛けてはいたが、それすら論外。『誰からも電話は来ない。』と。

ずいぶん、親不孝な子供にされたもんだな。

身から出たサビ…思い知らされる。

そんな母を見て1つ気がついた事がある

自作自演。

自分で金庫の鍵をしまい忘れて、それを毎日飽きもせず探し続ける。同じ場所を同じルートで同じセリフを言いながら歩く。困った困ったと言いながら、鼻歌まじりにまるで宝探しをするかのように。素晴らしいルーティン。

コレにより、彼女は運動し適度に疲れお腹を空かせているのだ。

日課。なのだ。同じ事の繰り返し…落ち着きがなかった。

数え上げたらキリがない

金庫の鍵が偶然見つかった日には、全身を使い泣いて喜ぶ。中には、お古の通帳。それを飽きもせずずーっと眺めている。至福の時なのだ。が、それも束の間で、金庫の鍵は又どこかへ消えてしまう。スーっと。母の手によって。

飽きもせず繰り返す。そして、忙しいと口にする。もしや、充実しているのでは?

たまに真面目な顔をして、しっかりとしたものいいをする。『何にも分からなくなってしまった。迷惑をかけてばかりで申し訳ない。』と。その言葉の数秒後には、隠れて出番を待っている第二の母がやってくる。

まるでコントだ。シナリオは母の頭の中だけ。

こうして今、母により介護のスタートをきられ、後戻りできない地点に立たされている

そして、姉も私も心と身体を振り回される

これでもか!これでもか!と。

正直、ヘトヘトな時もある。母の妄想話を聞きたくない時もある。何度も同じことを聞く母に苛立つ時もある。なんで、あんなに楽しかった孫との日々を知らないって言うの?ねぇなんで?意地悪してるの?『全部忘れた。』なんて言わないで。

そんな時涙を流して笑い楽しめていれば、まだ大丈夫だと確認できる。辛く泣いてばかりで悪い妄想がチラついてきたら、見えないストレスに圧し潰されそうな時だ。

認知症の母によって私達姉妹は自分の心を知ることが出来るのだ。

自分では計り知れない心のバロメーター。実は、認知症の母にコントロールされていたなんて。

まとめ

母は偉大。上手く喋れなくてもいい。気持ちなんて通じ合わなくてもいい。泣くのだけは、お願いだから勘弁して欲しい。こちらもあなたが悲しむとどうしていいか分からなくなって泣きたくなる

いつのまにか逆転している立場に、慣れるわけがない。

母によって、私達は泣いたり笑ったりしてしまう。いつでも真ん中に居る母。まるで産まれたての赤児をあやすよう。

そうやって、少しずつ子供に還り、記憶の中から少しずつ私達は消えて行くのかもしれない。悲しい事に止められないことなのだ。『私には娘が2人いるのよ。』自慢げに言われる日が来ても、それでも元気に明るい顔で笑ってくれたら、バロメーターはご機嫌を指し私達は一緒に笑うのだろう。

母は85歳。自称88歳。どんな事があろうとも越えられない唯一無二の存在なのだ。

母に、感謝以上の言葉を送りたい。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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